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臺南市中西區公所動畫
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民生緑園文化園区,
民生緑園文化園区
歴史沿革
1895年日本による台湾統治後、「台南府城」より「台南市街」を名称が変更された。東門、西門、南門、北門、西門外と5つの地区に分けられた。また1896年には7つの地区に分けられた。その後、総督府により何度かの行政変更により、1920年に正式に台南市を一つの独立した行政区域として「台南州治」を昇格した。
1907年小西門と大西門の間の城壁が取り払われ、城壁跡地が「西門路」となり、その後、台南の「清代城壁」が完全に取り払われた。当時の都市開発での大きな特色は、市の中心地に五つのロータリーが設置されたことである。ロータリーを中心に放射線状の道路が設計され、お互いのロータリーが繋がるように出来ている。その中の「民生緑園」の周りには重要な公共機関が多く設置され、台南の中心地としての役割をしていた。

孔子廟文化園区,
孔子廟文化園区
歴史沿革
孔子廟文化園区は歴史の長い孔子廟を中心とし、いくつかの旧街と付近の主な古跡スポットとつながり、台南で初めての文化園区の先駆けとなった。孔子廟園区の主な通りは南門路であり、南北に道が伸びており、「全台首学」の孔子廟、泮宮がある府中街、府前路の徳化堂、大南門城公園、南門城跡、五妃廟、延平郡王祠等、特に昔の小南門外の法華寺は、この地区の古跡の性質はそれぞれ異なり、府学、城垣、墓、斎堂、廟堂から日本統治時代より学校に至るまで、異なる歴史を呈している。

赤崁文化園区,
赤崁文化園区
歴史沿革
赤崁楼は台南城址発展の中心であり、内部は古跡が多く、台湾では数少ないオランダ統治、明朝期鄭氏時代の建築を残す文化園区である。特にこの区内に三つの国家一級古跡があり、ワシントンポストにて紹介された以外に、明朝寧靖王府邸(現在の大天后宮)、寧靖王の関帝廟を改築した祀典武廟は一見の価値がある。その他に園区内の古い通り街、三級古跡等があり、明朝鄭氏の臣下の邸宅陳徳聚堂、香火鼎盛の天公廟天壇、明寧靖王自ら記した額がある北極殿、金面玄天上帝の開基霊佑等も観光に適したスポットである。

五條港文化園区,
五條港文化園区
歴史沿革
五條港のエリアは成功路の南側、新美街の西、南側から中正路付近に至り、台江より作られた運河である。赤崁文化園区とは異なり、オランダ統治時代以降の歴史脈絡を有する。五條港の歴史は清朝興盛期の雍、乾、嘉時期に始まり、海洋が盛んな時代、港のある所は商業の盛んな所として、現在の五條港は北勢街(神農街)の代名詞となり、昔は南勢港の北側、仏頭港の南側に位置し、直接水仙宮に至る


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Web制作:2019/3/25
場所:台南市中央および西オープン山1、電話:(06)2267151(代表代表番号)|
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